不動産コラム

2026年8月31日

保証金・敷金の償却と返還|事業用物件で退去時に戻る金額の考え方

事業用物件の契約では、賃料の何か月分かを保証金または敷金として預けるのが一般的です。ただしこの預けたお金は、退去すれば全額が戻るとは限りません。契約書に償却や敷引きと呼ばれる定めが置かれていると、一定の割合は返還されないまま貸主に帰属します。

本稿では、事業用物件の契約を控えている方向けに、保証金と敷金の呼び分け、償却という仕組みの中身、返還までの流れと時期、原状回復との関係、そして契約の前に確認しておきたい項目を整理しました。取り決めは契約書ごとに異なるため、実際の条件は個別にご確認ください。

保証金と敷金の関係

呼び方の違い

事業用の賃貸では、保証金という言葉と敷金という言葉が両方使われます。どちらも契約の履行を担保するために預けるお金という点では共通しており、名称の違いがそのまま性質の違いを意味するわけではありません。重要なのは呼び方ではなく、契約書にどのような取り決めが書かれているかです。

預けるお金という性格

このお金は賃料の前払いではなく、契約期間中に生じた債務を担保する目的で預けるものです。したがって在籍中に賃料の支払いへ充てることは、原則として想定されていません。資金繰りの計画を立てるときは、預けた時点で当面は動かせない資金として扱う必要があります。

月数の考え方

預ける金額は賃料の月数で示されるのが通例です。何か月分になるかは、建物の性格、区画の広さ、借主の事業内容や設立からの年数などによって変わります。設立して間もない法人では、月数が多めに設定されることがあります。

償却という仕組み

戻らない部分がある

償却とは、預けた金額のうち一定の割合または一定の月数分を、退去時に返還しないという取り決めです。敷引きと呼ばれることもあります。事業用の賃貸では広く用いられており、居住用とは扱いが異なる点として押さえておく必要があります。

いつの時点で発生するか

償却がいつ発生するかは契約書の書き方によります。契約と同時に確定するもの、一定の年数ごとに加算されるもの、解約の時点で計算されるものなど、複数の形があります。長く使う予定の物件では、年数に応じて増える形かどうかが総額に効いてきます。

契約書での書かれ方

償却の定めは、保証金や敷金に関する条項の中に置かれるほか、特約として別に記載されることもあります。割合で示される場合と月数で示される場合があり、消費税の扱いも書面によって異なります。金額を試算するときは、どの方式で書かれているかを確かめてください。

返還までの流れ

起点は明渡し

返還の手続きは、賃貸借契約が終了しただけでは始まりません。室内を空にし、原状回復の工事を終え、鍵を返して初めて明渡しが完了します。返還の起点はこの明渡しの完了時点に置かれるのが一般的です。移転の予定を組むときは、退去日と明渡し日を分けて考える必要があります。

差し引かれるもの

返還される金額からは、償却分に加えて、未払いの賃料や共益費、原状回復にかかった費用などが差し引かれます。工事の費用が想定より大きいと、戻る金額は目減りします。何が差し引きの対象になるかは、契約書の条項に列挙されているのが通例です。

戻ってくる時期

明渡しの完了から返還までには、精算のための期間が置かれます。何日以内、あるいは何か月以内という形で契約書に定められていることが多く、即日に戻るものではありません。移転先の初期費用をこのお金で賄う計画を立てると、資金が一時的に不足する恐れがあります。

原状回復との関係

範囲が金額を決める

戻る金額に最も大きく影響するのは、原状回復としてどこまでを求められるかです。入居した時点の状態に戻すのか、内装を撤去して躯体の状態まで戻すのかで、工事の規模はまったく異なります。契約書の文言と、入居時の写真や図面を突き合わせて把握しておく必要があります。

工事を誰が手配するか

貸主が指定する業者で施工するという定めが置かれていることがあります。この場合、借主側で相見積もりを取って費用を抑えるという方法は使えません。指定の有無は契約の前に確認しておきたい項目です。

入居時の記録を残す

退去のときに争いになりやすいのは、もともとあった傷や汚れの扱いです。入居の直前に室内の状態を写真で記録しておくと、後から説明する材料になります。手間はかかりますが、金額の規模を考えれば見合う作業です。

契約期間中に動くこと

賃料が改定された場合

賃料が改定されると、保証金を月数で定めている契約では、差額の積み増しを求められることがあります。改定の条項と保証金の条項をあわせて読み、連動する仕組みになっていないかを確かめてください。

建物が売却された場合

建物の所有者が変わった場合、預けたお金の扱いがどうなるかは実務上の関心事です。原則として新しい所有者へ引き継がれますが、手続きの通知が来た際には内容を確認し、金額に相違がないかを照合しておくと安心です。

金額はどう決まるか

建物と区画による違い

預ける月数は、建物の性格や区画の広さによって幅があります。大型の建物では月数が多めに設定される傾向があり、小規模な建物では抑えられていることもあります。同じ地域でも一律ではないため、募集の条件を並べて比較する価値があります。

借主側の事情も見られる

貸主は、賃料が継続して支払われるかどうかを判断したうえで条件を決めます。設立からの年数、事業の内容、決算の状況などが材料になります。設立して間もない法人や、これから事業を始める段階では、月数が多めに求められることがあります。

業種による違い

水を多く使う業種、火を扱う業種、機械を設置する業種などでは、退去時の原状回復に費用がかかることが見込まれます。そのぶん預ける金額が多めに設定されることがあります。事業の内容を早い段階で伝えておくと、条件の見通しが立ちやすくなります。

保証会社と連帯保証

保証会社を使う場合

事業用の賃貸でも、保証会社の利用を求められることが増えています。利用にあたっては初回の保証料と、契約期間中の更新料が発生します。保証金の月数が抑えられる代わりに保証料がかかる場合もあるため、総額で比べる必要があります。

連帯保証人を立てる場合

代表者個人が連帯保証人になる形が一般的です。この場合、法人としての契約であっても個人が責任を負う構造になります。契約書にどの範囲まで書かれているかは、締結の前に読んでおきたい部分です。

両方を求められることもある

保証会社の利用と連帯保証人の両方を条件とする契約もあります。負担が重いと感じる場合は、どちらか一方にできないかを相談する余地があります。ただし貸主の与信の判断に関わるため、動きにくい条件であることも事実です。

退去のときに揉めやすい点

通常の使用による劣化

日常的に使っていれば、床や壁は自然に傷みます。この分をどちらが負担するかは、契約書の文言と実際の状態の照らし合わせになります。事業用では借主の負担が広く定められていることが多いものの、範囲が明確でないと解釈が分かれます。

入居前からあった傷

もともと存在した傷や汚れについて、退去時に借主の負担とされてしまう事例があります。これを防ぐには、入居の直前に室内を写真で記録しておくことが最も確実です。日付が分かる形で残しておけば、後から説明する材料になります。

工事費の見積もり

原状回復の費用が想定より高いと感じた場合、内訳の説明を求めることはできます。ただし指定の業者で施工する定めがあると、他社と比較する手段がありません。契約の段階で指定の有無を確認しておくことが、この局面での備えになります。

会計と資金繰りの扱い

預けたお金の性格

預けた金額のうち返還される部分と、償却によって戻らない部分では、会計上の扱いが異なります。詳細は顧問の税理士にご確認いただくことになりますが、契約の段階で償却の条件が確定していると、処理の見通しが立てやすくなります。

移転時の資金の流れ

移転では、新しい物件へ預ける金額が先に必要となり、今の物件から戻る金額は後になります。この時間差を手元の資金で埋められるかが、移転の可否を左右する場面もあります。金額と時期を並べて、資金の谷がどこに来るかを見ておいてください。

契約の途中で条件を見直す

更新のときに話ができるか

契約を更新する局面は、条件を見直す数少ない機会です。長く入居を続けている実績は貸主にとっても価値があるため、償却の条件や賃料について相談する余地が生まれることがあります。更新の通知が届いてから考えるのではなく、数か月前から準備しておくと話が進めやすくなります。

増床するときの扱い

同じ建物で区画を広げる場合、追加する面積に応じて保証金の積み増しを求められるのが通例です。既存の契約と一本化するのか、別の契約とするのかで、償却の計算も変わってきます。増床の話が出た段階で、金額の見通しを確認しておいてください。

記録を残しておく

入居から退去までの期間が長くなるほど、契約時の書類が散逸しやすくなります。保証金の金額、償却の条件、原状回復の範囲が書かれた書面は、まとめて保管し、担当者が変わっても引き継がれる形にしておくことをおすすめします。

契約の前に確認しておきたい項目

以下が書面で確かめられていれば、退去時の見通しはかなり立ちます。

  • 保証金または敷金の金額と、賃料の何か月分にあたるか
  • 償却または敷引きの有無と、割合か月数か
  • 償却が確定する時点と、年数に応じて増える定めがあるか
  • 償却に消費税が加算されるかどうか
  • 返還される金額から差し引かれる項目の一覧
  • 明渡しの完了が何をもって認められるか
  • 返還までの期間の定め
  • 原状回復として求められる範囲と、その基準となる状態
  • 工事業者の指定があるかどうか
  • 賃料改定時に積み増しを求める条項の有無

よくあるご質問

Q. 償却は必ず設定されるものですか?

A. 必ずではありませんが、事業用の賃貸では設定されている契約が多く見られます。割合や月数は物件によって幅があり、まったく置かれていない契約も存在します。募集の条件を見る段階で、償却の有無まで含めて比較されることをおすすめします。

Q. 預けたお金を賃料の支払いに充てられますか?

A. 契約の目的からすると、在籍中に充当することは通常想定されていません。契約書でも充当を認めない旨が定められているのが一般的です。資金の計画を立てるときは、預けた時点から退去後の精算まで拘束される資金として扱ってください。

Q. 退去したらすぐ戻ってきますか?

A. 明渡しが完了し、精算が済んでからの返還になります。契約書に定められた期間を置いて振り込まれるのが通例で、即日ではありません。移転先の初期費用をこのお金で賄う前提の計画は避けたほうが安全です。

Q. 原状回復の費用はどのくらい見ておくべきですか?

A. 求められる範囲と内装の造り込み方によって大きく変わるため、一律の目安を示すことは困難です。躯体まで戻す取り決めであれば規模は大きくなります。入居の段階で範囲を確認し、工事にどれだけ手を入れるかと併せて考えておくのが現実的です。

Q. 金額や条件は交渉できますか?

A. 月数や償却の条件が動く場面はあります。ただし賃料と比べると、貸主側は与信の観点から判断するため、動きにくい部類の条件です。募集からの経過や契約する期間といった材料があるかどうかで、話の進み方は変わります。

Q. 契約書の条項を見てもらえますか?

A. はい。保証金と原状回復に関する条項は、退去時の金額を左右する重要な部分です。ご検討中の物件について、契約前の段階で条項の内容と実務上の意味をご説明しています。お気軽にお申し付けください。

まとめ

保証金や敷金は預けるお金であり、賃料の前払いではありません。事業用の賃貸では償却や敷引きの定めが置かれていることが多く、預けた金額の全額が戻るとは限らない点は最初に押さえておく必要があります。償却がいつ確定するのか、年数に応じて増えるのかによって、長く使う場合の総額は変わってきます。
返還の起点は契約の終了ではなく明渡しの完了であり、そこから精算の期間を置いて振り込まれます。戻る金額を最も大きく左右するのは原状回復の範囲であるため、契約の前に文言を確かめ、入居時の状態を記録に残しておくことをおすすめします。契約書の条項について不明な点があれば、締結の前にご相談ください。

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